院長コラム

院長コラム
Doctor’s Column

闘病の末に「亡くなる人」と「助かる人」の違いとは? 2020/1/28

「本能の活性化」が患者の生死を左右するという真実

私は人工透析を専門とする総合内科医として30年近く患者さんを診てきましたが、実際にこれまで診てきた患者さんの中には、本能が弱くなっている、あるいはうまくコントロールができていない方がたくさんいました。

人工透析というのは瀕死の重傷・重病を負っている患者さんなど、本当に体が弱ってしまった方に最後の手段として用いることが多い治療法です。逆にいうと、透析を受けているような患者さんは、生きる力が最低レベルまで落ち込んでしまっていることが多いのです。それだけに生死の境をさまよう患者さんと多く接してきました。その人数は、最期を看取った患者さんだけでも300人はいたと思います。

そういった生死をさまよっている患者さんたちを診ていると、その中にも、あっさり亡くなってしまう人もいれば、重篤な症状から闘病の末に回復に向かう人もいることに気がつきました。はじめは治療の開始時期の早い遅いが影響しているのかと思っていたのですが、亡くなってしまった人、回復した人には、それぞれある〝共通点〟がありました。

そこには、人の体が生まれつきもっている「本能」が大きく影響していたのです。すなわち、ふだんの生活の中で衰えがちな本能の力をうまくコントロール、活性化させる習慣をもっていた人たちは健康を取り戻し、そうでない人たちは残念ながら亡くなってしまうことが多かったのです。

「本能」といわれてもピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんが、これがじつに侮れません。みなさんが想像する以上に健康と結びついているのです。

「空腹感」は人間の本能を呼び覚ます代表的なスイッチ

私自身、「本能のすごさ」を身をもって体験したことが何度もあります。

私はかつて、約12キロ減のダイエットに成功しました。首回りは6センチ、腹囲も20センチ近く減り、太っていたころには夜ごと家族を悩ませていたいびきも、睡眠時無呼吸症候群も、きれいに消えたのです。

そうした身体上の効果はもちろんですが、もっとうれしかったのは青春がよみがえってきたことでした。以前の私は仕事の変化や年齢からくる疲労感や徒労感にとらわれ、ストレスも少なからず抱えており、気分も落ち込みぎみでした。それがダイエットを始めて以降、生まれ変わったように元気を取り戻し、大型オートバイの免許をとって東北地方の海岸線をツーリングしたり、ホノルルマラソンへの出場をもくろむなど、すっかり行動派に変身を遂げてしまったのです。

ダイエットの効果が体の脂肪だけでなく、「心のぜい肉」までそぎ落としてくれ、体の健康だけでなく、心も前向きになって意欲が高まり、思考も活発化して精神の若返りが可能になったのです。

それをもたらしてくれたのはダイエットにともなう「空腹感」でした。じつは空腹感は、人間のもついろいろな本能を呼び覚ます代表的なスイッチなのです。

人間も動物ですから、お腹が空けばおのずと減ったお腹を満たすためにはどうしたらいいだろうかと考え、食料を得るためのアクションを起こします。また、どうすれば効率的に食べものを蓄えたり、おいしく食べられるかという知恵も発達します。つまり、積極的に行動する気になったり、いろいろなアイデアがわきやすくなるというわけです。

空腹が「生き延びる」ための思考や行動の起点となり、大きなモチベーションとなる。これは人類がまだ狩猟生活を送っていたころに身につけた重要な本能のひとつで、人間が進化した今でも基本的に変わっていません。

たとえば、食事は「食べたい」という本能、つまり食欲があるからこそとる行動ですし、睡眠は「眠りたい」という睡眠欲があるからこそとる行動です。毎日働くことだって突き詰めれば、飢えを凌ぐための生存本能によるものです。趣味や学習などの原動となる知的好奇心だって、もともとは異性にもてたいといった生殖に根ざした本能や食欲などが組み合わさった結果生まれる行動といえます。

要するに、食欲や睡眠欲、性欲といった生命活動の根源をなすものから、人間に特有の高次な活動に至るまで、健康や精神活動の大本となるのはすべて本能なのです。したがって、本能が正しく働かなければ、それによって成り立っている私たちの日常生活にも支障が出てきてしまうのは、当然といえば当然でしょう。

「本能」は後天的に鍛えることが可能

このような経験から、私はじょじょに、健康と本能の関係を医学的に考えるようになっていきました。つまり、さまざまな症状が本能の不活性からくるものであるなら、その眠っている本能を目覚めさせ、鍛えることによって、本来の生命力が発現し、私たちは健康な生活を手にできるという考えです。

こういうと、本当に本能を鍛えることができるのかと疑問に思う人もいるかもしれません。しかし、それを後天的に強化することは十分可能です。

たとえば本来、私たち人間には「体を動かしたい」という欲望、運動本能とでも呼ぶべきものが備わっています。そのため、長い間体を動かさないでいると体に悪影響をおよぼします。

一方で、つい最近までは手術後、患者さんは体力が回復するまで安静にさせるというのが医学上の常識でした。しかし、今は手術後、すぐに立って歩かせるなどすみやかにリハビリを行う病院が増えています。

これは長く寝ていると脊柱起立筋をはじめとする筋肉や関節などの運動器の機能低下が起こり、健康回復のさまたげとなるからですが、これなどは衰えがちな運動本能を起立歩行させることによって鍛え、その人が本来もつ生命力の発現をうながす方法といえます。

使わないものは衰えるといいましたが、衰えたものも使ってやれば、ふたたび活性化します。本能はそうした可逆性も備えているのです。

私たちが「本能」と考えているさまざまな行動や思考の様式、それらはすべてが生まれつきのものではなく、人間が発育、成長する間に備えられるものであることもしだいにわかってきています。

くわしいことはまだ不明な部分が多いのですが、遺伝的に決定される先天的な要因と、個人がそれぞれ後天的に経験する固有の環境や習慣。そのふたつの相互作用によって本能はつくられると考えられるようになっているのです。

つまり、本能には「生まれ」と「育ち」の両方が関係しており、生まれつきの本能が行動をうながし、その行動がまた新しい本能を呼び覚ます。このくり返しの中で、私たちは人間に特有の理性や知性といった高等な本能(高次機能)を獲得してきたのです。

したがって、今からでも本能を鍛えることは十分可能。しかも日常生活の中のちょっとした心がけや習慣を実践することによって本能を活性化し、それを健康へ直結させていくことができるのです。

 

※本コラムは、『健康はあなたの体が知っている』(サンマーク出版)を一部抜粋・編集したものです。

この記事の執筆者 院長 永野 正史

三井記念病院内科腎センター勤務、敬愛病院副院長を経て2003年 練馬桜台クリニック開業。

山田太郎