院長コラム

院長コラム
Doctor’s Column

健康と幸福のカギ…生命力を司る「3つの本能」とは? 2020/1/28

人間の本能を構成する「3要素」

本能というと、「生まれつきもっている性質や能力」と狭義に考えられがちです。また、「女性には生まれつき母性本能が備わっている」とか「男性が女性を求めるのは性的本能にもとづく自然な行為だ」などと、意思の力ではコントロールしにくい身体的な欲求やあからさまにしないほうがいい欲望。そんな意味で本能という言葉が使われることもあります。

むろん、それはそれでまちがいではないのですが、「本能」はけっして親から受け継いだDNAによってのみ決定されるものではなく、後天的な環境や習慣、経験によってもつくられるもの。そのふたつが相互に作用しながら形成されていくものです。

人間の本能は以下の3つの要素からなっています。もしくは、先にかかげたような多くの本能はつぎの3つのレベル(階層)に大別されます。

  1. 反射
  2. 習性
  3. 知性(理性)

順に、説明をしていきましょう。

〔反射〕私たちを生かしている「脳幹=トカゲ脳」

まず、「反射」は体に生まれつき備わっている機能や能力のことをいいます。たとえば、膝の下を叩くと下肢がポンと跳ね上がりますが、そうした外界からの刺激に対して無意識に起こる身体的な反応のことです。

沸騰した湯に指がふれてしまったときなども、「ヤケドの恐れがある。すぐに手を引っ込めよ」という脳の指令を待つまでもなく、私たちは「熱い!」と知覚した瞬間、とっさに手を引っ込めて危機を回避しようとします。心臓も「動かそう」と意識しないでも勝手に動いていますし、興奮したり、緊張したりすれば、その鼓動がドキドキ早まったりします。あるいは、膀胱におしっこが溜まったときには、それが尿意として脳に伝わり、脳が排尿中枢を通じて尿道の括約筋をゆるめ、自動的に排尿をうながします。

このような自然の、無意識で不随意な反応や運動が反射です。それは私たちに先天的に与えられている能力であり、生まれつきの本能であるといえます。

反射は人間よりも下等と考えられる多くの動物にも備わっているため、レベルでいえば低次本能に分類され、脳の中の「脳幹」と呼ばれる部分がおもにその働きをつかさどっています。

脳幹はトカゲにもあることから「トカゲ脳」とも呼ばれる原始的な脳ですが、だからといって、その働きを見下したり、見くびってもいいということにはなりません。それどころか、脳幹は心拍や呼吸、血液の循環や体温の調節など、生命を維持するための根幹の働きを担っている器官です。したがって、このトカゲ脳の機能が衰えたり、ストップしてしまえば、私たちはそもそも呼吸もできないし、心臓も止まってしまうことになります。生きていくためにはこのトカゲの部分が必要なのです。

トカゲ脳という原始的な脳を正常に作動させたり、活性化しないことには、生命活動そのものがあやうくなってしまうのです。むろん、その脳幹の指令によって動いている反射本能も衰えて、私たちが元気に暮らすことも不可能になってしまいます。

つまり、反射という低次本能をしっかり満たすこと、きちんと働かせることこそが健康や長生きに欠かせない土台となるわけです。

たとえば、胃の中に食べものが入ると大腸が動き出す胃大腸反射というものがありますが、これは不規則な食事や食物繊維の不足した食事、必要以上の排便のがまんなどによって衰えてしまいます。その結果、便秘になってしまい、最悪の場合はその便秘が原因で大腸ガンになってしまうことだってあるのです。

動物がすべからくもっているのにはわけがあるのです。生きていくうえで必須のものだからこそ、反射をないがしろにしてはいけません。

〔習性〕習慣や環境によって変わる「情動の本能」

2番目の「習性」ですが、これは習慣や環境などの外的要因に大きく影響される本能といってよいでしょう。

習慣や環境によって人間の欲求にちがいや変化があらわれることは容易に理解できると思います。たとえば、日本のようにお酒が自由に飲める社会では、仕事上がりに引っかけるビールが無上の楽しみだという人が少なくありません。一方で、宗教上の理由からアルコール摂取が禁じられているイスラム圏などに暮らす人びとには、「仕事上がりにお酒が飲みたい」というような欲求はきわめて少ないはずです。

あるいは、出世欲や競争欲はだれの心にもあるものですが、その人が育った家庭環境や勤めている職場の雰囲気などによってもかなり個人差が出ます。これなどは環境がもたらす欲求のちがい、その相違といえるでしょう。

また、食習慣が消化や排泄能力に与える影響は非常に大きいものです。とくに便秘などは生活習慣が引き起こす病気であると同時に、その生活習慣をあらためることによっていちじるしい回復も可能な典型的な習慣病といえます。

人間には、自分の運動能力を高めたいという欲望、すなわち「運動本能」ともいうべきものが備わっています。これは私たちの祖先がサルから猿人類へと進化する過程で二足歩行を始め、あちこちを歩き回り(有酸素運動)、ときにはライオンに追われたり、オオカミを追いかけて全力疾走をしたり、木に登ったりすること(パワートレーニング)をくり返すうちに、自然に備わった本能であり能力です。
むろん体の構造や機能からいって、人間が鳥のように空を飛んだり、チーターのように速く地を駆けたり、魚のように海を泳ぐことはできません。

しかし、その代わりに飛行機や車、船などを人間は発明してきました。その欲求の根っこには、「自分たちもあのように高い運動能力を発揮したい」という運動本能の働きかけがあったはずです。さらに車や飛行機など、さまざまな文明を発達させたことで逆に先祖から受け継いできた身体能力や運動本能を衰えさせてしまうことにもなり、肥満などが増えました。

こうした成り行きもまた、時代や社会環境の変化が人間のもつ習性という本能を強めもすれば、弱めもすることのひとつの例といえるでしょう。

〔知性〕高次な精神活動を担う「理性としての本能」

第3の、もっとも高度な本能は「知性(理性)」です。

知性や理性が本能なのかという疑問は当然あるでしょう。たしかに、それら高次な精神活動はいわゆる本能とは対極にあるものと思われています。しかし私は、その高度な思考や行動もまた本能の範囲に含まれるものと考えています。というのは、理性や知性の働きも、それより低次の習性や情動を土台にして発現してくるからです。

卑近な例をあげれば、もっと知識や教養を身につけたい、仕事のスキルを磨きたいという知識欲や向上心などが、じつは、そうすることで「異性にもてたい」「出世したい」「お金を儲けたい」「いい生活をしたい」のであり、さらに突き詰めると食欲や性欲といった低次欲求をベースにしているのです。

つまり、人間のハイレベルな思考や行動も本能と切り離されて単独に働いているのではなく、つねに他の本能を土台にしたり、他の本能との関連の中で発現している。その意味で、理性や知性もまた本能の働きによるものといえます。

この「理性本能」をつかさどっているのは脳の大脳皮質と呼ばれる部分で、その中でも連合野(頭頂連合野、側頭連合野、前頭連合野の3つからなる)は「人間らしい」思考や行動を担う領域が中心的に働いています。

とりわけ、前頭連合野は思考、理解、創造、計画、判断、意欲といった高度な、もっとも人間らしい精神活動を担当する「理性脳」であり、人間はあらゆる生物の中で、この大脳皮質をいちばん発達させた高等生物なのです。

この「知性」は、健康だけでなく人生そのものの質を高めるために欠かすことのできない本能です。知性の中にどんな本能が含まれるかは後ほどくわしく説明するとして、創造力や判断力などを高めることが、仕事や趣味、学業などにとって有利に働くことは容易に想像できるでしょう。つまり、「人間らしさ」のあらわれである知性を鍛えることは、生活を豊かにしてくれるということなのです。

「本能のコントロール」が文化や生活の多様性を生んだ

以上、人間の本能をレベル別におおざっぱに分類してみると、「反射」「習性」「知性」の3つの階層に分けられることになりますが、このことから、人間の本能の特徴がいくつか引き出せると思います。ひとつは、人間の本能はそれぞれ複数の階層の複合物であるという点です。

たとえば食欲は、「お腹が空いた。空腹を満たしたい」という反射がうながす本能が中心ですが、「とはいっても、仕事中に食事はできないし、不規則な時間に食べたくもない」などと習性や理性が作用する部分も少なくありません。情動本能に支配されている面も大きいのです。

また、性欲なども反射と習性の複合物のように見えて、案外、高度な思考やイメージにもとづくところが大きい。したがって反射、習性、知性の3つの要素をすべて必要とするきわめて「人間的な」本能といえましょう。

ほかにも、睡眠欲などは反射と習性の、競争欲や知識欲などは習性と知性の、それぞれ複合的な本能にもとづく欲求といえます。

そしてもうひとつ、人間の本能のいちばんの特徴であり、長所でもあるといえる点、それは「上が下を支配できる」ということです。高次の本能が低次の本能をコントロールできるのです。私たちは心臓の鼓動を意図的に止めることはできませんが、恐怖や緊張状態にある情動的な本能を「だいじょうぶ、冷静になろう」などと理性を働かせて落ち着かせることは可能です。

食べたい、飲みたいという欲望や、叫びたい、怒りたいといった衝動を抑制することもできます。さまざまな欲求を理性や意思の働きによってがまんすることができますし、その意思や理性による統御力を後天的に鍛えることもできます。

つまり、本能のもつ動物性を理性的にコントロールできる。これが人間の本能のもつ特徴なのです。修行僧などは、この理性や意思によるコントロールを可能なかぎり推し進めて、煩悩という動物的本能を消す、あるいは最小限に抑えることを目的に修行に励んでいるわけです。

同じような意味で、宗教なども死や病気を恐れる原始的な本能をなんとか克服しようとする理性の働きから生じてきた「文化」といえるでしょう。

宗教の是非は別にして、そうした本能のコントロールが私たち人間の文化や生活を多様に、そして豊かにしてきたことはまちがいありません。本能のもっている動物性を理性的に統御するのは人間にだけに備わった能力です。それだけに、人間の本能の本来あるべき姿でもあります。

健康で長寿に不可欠な「11の本能」

とはいっても、理性や知性などの高次本能ばかりに偏っても、文字どおり頭でっかちになって生命力の弱体化を招いてしまうことはくり返すまでもありません。食べたい、眠りたい、セックスをしたい。こういう動物的欲求は生命エネルギーの根源をなすものであり、健康の土台ともなる大きな力であるからです。けれども、それら低次本能の暴走を許したのでは人間は〝けもの〟に近づいてしまう。

低次本能と高次本能はこのように、下部にとらわれると上部がおろそかになり、上部にこだわると下部が衰えるという二律背反の関係にあります。

この背反を解消するためにも、私たちは本能の動物性を保ちながら、それを理性の働きでコントロールする必要があります。

反射、習性、知性。この3つのレベルの階層をピラミッド型に安定させることによって、本能のもつ生命力を理性的に活用する――このことが私たちに健康な人生、幸福な人生を保証してくれるのです。

以下は、私が医者の立場から整理してみた、機能面から見た人間の本能のおおまかな分類です。

反射レベル
①循環本能――取り込んだ酸素(栄養)を全身に運ぼうとすること
②呼吸本能――酸素を体内に取り込もうとすること
③睡眠本能――脳を休めようとすること
④免疫本能――異物から体を守ろうとすること
⑤消化吸収本能――栄養を体に満たそうとすること
⑥排泄本能――老廃物を体外に捨てようとすること

習性レベル
⑦運動本能――運動能力を高めようとすること
⑧性本能――子孫を残そう、異性と交わろうとすること
⑨恒常性本能――ストレスに耐えようとすること

知性レベル
⑩理性本能――衝動を抑え、考えようとすること
⑪創造本能――イメージし、つくり出そうとすること

このうち、上位の本能によって下位の本能をコントロールする、高レベルの欲求によって低レベルの欲望を統御するのが人間の本能がもつ特徴であり、それを可能にする能力も人間には備わっています。

したがって、本能の働きを活性化しながら、その行きすぎもみずから制すること。そのバランスよい働きが人間には求められるのです。本能の働きが鈍い人、逆に、本能のおもむくままに生きる人。そのいずれも本当の健康や幸福を手にすることはむずかしいでしょう。

では、そのためにはどうしたらいいのか。日常生活の中でどんなことに気をつけ、何を実践したら、本能の力を十二分に発揮し、それを上手にコントロールして、健やかで充実した人生をわがものにできるのか。

その方法については、コラムの中で具体的に紹介していくことにしましょう。

 

※本コラムは、『健康はあなたの体が知っている』(サンマーク出版)を一部抜粋・編集したものです。

この記事の執筆者 院長 永野 正史

三井記念病院内科腎センター勤務、敬愛病院副院長を経て2003年 練馬桜台クリニック開業。

山田太郎