院長コラム

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Doctor’s Column

がんを糖質制限で“兵糧攻め”…ケトン食によるがん栄養療法の有効性 2020/4/26

糖質はがん細胞の“命綱”

ここ数年、おもにダイエット目的での糖質制限がブームになっていますが、実はがん治療の分野でも、糖質制限が注目されつつあります。

実は80年以上も前から、がん細胞が炭水化物から合成されるブドウ糖を主たるエネルギーとしていることは明らかになっていました。なんと、正常な細胞より5~8倍ものブドウ糖を取り入れなければ、がん細胞自身の生命活動を維持できないのです。

PETという言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。これは陽電子放射断層撮影を意味する英語Positron Emission Tomographyの頭文字をとったもので、がん細胞が正常細胞に比べてブドウ糖の取り込みが非常に多いという特性を利用した検査方法です。

ブドウ糖は、がん細胞にとって不可欠なエネルギー源であり“命綱”といっても過言ではありません。

それに対して正常細胞は、ブドウ糖のほかにもエネルギー源として利用できる物質を体内でつくり出すことができます。それが「ケトン体」という脂肪由来の物質です。

ケトン体は、体内の脂肪が分解されることによって肝臓で作り出され、血液中に放出される物質です。人体は、仮にブドウ糖の供給が途絶えても、脂肪から緊急用のエネルギーをつくり出すことができる、ということです。

裏を返せば、ブドウ糖を供給しなければ、がん細胞はエネルギー源を失い、活動できなくなる、と考えることができます。この考え方をベースに、国内でここ数年の間に広まってきたのがケトン食によるがん栄養療法です。

良質なタンパク質を摂り、糖質は制限

ケトン体による栄養療法の概要としては、炭水化物を極端にカットする代わりに、健常者の約2倍のタンパク質を摂取するというのが基本です。これによりエネルギー源も炭水化物以外から確保します。
ごはん、うどん、パン、パスタなど主食となる炭水化物は摂らず、代わりに魚介類、肉類、大豆、卵といった良質なタンパク質をメインにした食事に切り替えます。

脂質については極端な制限は不要ですが、飽和脂肪酸は摂り過ぎると動脈硬化や血栓の要因となるので、肉の脂身はできるだけカットし、鶏肉の皮も避けます。なお、胸肉には、イミダゾールジペプチドという抗疲労成分が豊富に含まれており、がん闘病による体力消耗を抑える働きが期待されます。
ただしこうした栄養療法はがんの経過観察とともに医師の指導のもと行われるのが安全であり、一般の方がまったくの自己判断で行うのは、リスクをともなうことも添えておきます。

こうした栄養療法は、実際に国内の大病院にて、がんに対する効果が報告されています。例えば、抗がん剤治療を受けたものの、その効果が期待できなくなったステージⅣの乳がんの患者さんに、こうした糖質制限食を指導したところ、原発巣の腫瘍がほぼ消失し、転移巣の一部も消失が認められ、QOL(生活の質)が大きく改善されたことが報告されています。この栄養療法を3か月以上行った患者さんのうち、消失と部分奏功(がんが30%以上消失)した割合が約28%、がんが大きくなっていない進行制御を含めると72%と好成績をおさめています。多くの患者さんはステージⅣ、いわゆる末期と呼ばれる状態です。

標準治療との併用で効果を引き出す

一方、欧米でも、ステージⅣの進行がん患者に対し、こうした糖質制限によるケトン食の臨床研究がなされていますが、食事療法単独では、時間の経過とともにがんが増悪するなど、コントロールが思わしくないことも報告されています。

そこで現在は、抗がん剤や放射線といった標準治療と栄養療法を併用することにより、高い効果が期待できるのではないか、という考え方が国内外とも、がん栄養療法を研究する医師の間では主流となっています。

例えば、厳しい糖質制限を終始行うのではなく、抗がん剤治療のタイミングによりメリハリをつける、という方法も注目されています。

極端な糖質制限を続けると、がん細胞は常に飢餓状態におかれます。一方、がん細胞は抗がん剤に対し、それを取り入れまいと排出しようとします。

そこで、抗がん剤を投与する日だけ、炭水化物を摂るようにするのです。するとがん細胞は、エネルギー源となるブドウ糖が入ってきたので喜んで吸収しようとしますが、その際に抗がん剤も一緒に取り込んでしまいます。

さらに、がん細胞が抗がん剤を排出しようとするタイミングに合わせ、ふたたび糖質制限をすると、がん細胞には排出するためのエネルギーが枯渇してしまい、排出がうまくできなくなるというわけです。
この繰り返しで、がん細胞がだんだん弱っていくことを狙っています。

がん細胞を効率よく“兵糧攻め”にするために、こうしたメリハリのきいた糖質制限を抗がん剤治療と組み合わせることは非常に期待が持てる方法だと考えられます。

この記事の執筆者 院長 永野 正史

三井記念病院内科腎センター勤務、敬愛病院副院長を経て2003年 練馬桜台クリニック開業。

山田太郎